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初音ミクのベタベタ物語03


●2
 カタカタカタカタ。
 いきなりの放置プレイ。
 いったい、この状況は何でしょう?
 断続的に聞こえてくるのは、ケーイチさんがキーボードを叩く音。
「………………………………」
 そのすぐ後ろで、おとなしく座っているあたし。
 カタカタカタカタ。
「あの……」
 おそるおそる、声をかけてみる。
「……………………」
 反応無し。
「あの、ケーイチさん?」
「………………………………」
 カタカタカタ。
「ケーイチさん! ケーイーチさーん!!」
 仕方なく、少し大声。
「……ん?」
 やっと反応。でも、顔は画面を向いたまま。その態度、ちょっと寂しいですよ?
「あの、私どうしたら?」
「いや、だからくつろいでてくれよ」
「くつろいでいてって……」
 初めての場所で、いきなりくつろぐっていうのも難しい。
 それに、なんで?
 もう、理解できない。
 なんでケーイチさんはあたしの相手をしてくれないの? 無視するの? 使ってくれないの?
「ケーイチさん」
「んー?」
「あたしを歌わせないんですか?」
「だーかーら、また今度」
「今度……」
 だって、えっと……
「その、わざわざ買いに来てくれたんですよね。あたしを」
「あぁ」
 一緒に帰ってきたから分かってる。
 ケーイチさんは、あたしを買うために。そのためだけに、町田まで来てくれた。
 この家からお店まで40分くらい。電車だって使ってる。
 片道210円。往復で420円。
 駅から家までだって、それなりの距離がある。
 ケーイチさんはあたしを買って、寄り道もせずに家に帰ってきた。
 他に何も持ってなかったし、本当に……本当に、あたしのためだけにお店まで来てくれたんだって分かった。
 だから、嬉しかった。
 なのに……
「なのに、すぐ使わないんですか?」
「あぁ」
 ケーイチさんは画面に映っている何かに集中しているみたい。
 カタカタカタカタ。
 また、キーボードの音。
 少し悲しくなる、あたし。
「なら、何で今日あたしを買いに来たんです?」
 少しトゲを含んだあたしの問いに……
「んー?」
 ケーイチさんは、とーぜんであるかのように答えたのでした。
「いや、品薄だったからさ。とりあえず確保しとこうと思って」
 とっ、とっ……
「と、とりあえずぅ!?」
 思わず声のキーが高くなっちゃうあたし。推奨音域より、さらにちょっと高いあたり?
「ちょっ……まっ……品薄だから買ったんですか? レアアイテムだから!?」
 ショック! すごいショック!!
「使うつもりもないのに買ったんですか!?」
 これが、どれくらいショックかというと……
 人間なら「愛してないけど結婚した」とか言われたようなもの。
 あたしはたまらずケーイチさんの肩をつかんで、わっさわっさと揺さぶった。
「ねえっ、ケーイチさん!!」
「い、いや、違う! 使いたいから買ったんだよ。欲しいから買ったの!!」
 さすがに慌てるケーイチさん。何かの画面を閉じてこっちに向き直ってくれた。
「ホ……ホントですか?」
「本当だって。ほら、ニコニコとか見てさ。俺も作りたいと思ったんだよ」
「ニコニコとか見て?」
「そう。ランキングとか見てると面白そうなの並んでるし」
「自分の手で、作りたくなった?」
「あぁ」
「ホントにホントですか? これ、重要なトコですよ!?」
 ホントにホントにホントに重要なんですよ。あたしにとっては。
 グッと顔をのぞき込む。
 ケーイチさんの顔に急接近。吐息がちょっとかかる距離。
「う~~~~~」
 目はそらさない。ジッ、とケーイチさんの目を覗き込む。
 しばし、ケーイチさんとあたしはにらみ合うような形になって……
「ホントだから……」
 ケーイチさんは、困ったように目をそらした。
「だから、泣くなよ」
 って。
「え?」
 あれ……
 あたし、泣いてました?
 手で触ると、ほおが濡れてる。
 あ、ホントだ。
 気づかなかった……ぐすん。
「あと肩…………結構、痛ぇ」
「あ、ごめんなさい」
 ケーイチさんの服。あたしが掴んでいたところが凄いしわくちゃになっている。そんなに強くつかんじゃったのか……
 ちょっと気まずくなって、顔を伏せる。
「じゃ、じゃあ何で使ってくれないんですか?」
「いや、だって……」
 すねたようなあたしの声に、バツの悪そうなケーイチさんの顔。
「他にやることあるし……作るとなると、結構めんどくさそうだし」
「め、めんどくさそう?」
 そんなぁ。あたし、結構使いやすいはずですよ?
 っていうか、ケーイチさんの「作ってみたい」ってその程度の決意なんですか?
「その程度なのに、わざわざ買いに?」
「だって、いざ作りたいときにお前がいなきゃ、作れないだろ。ほら……」
 ケーイチさんは画面を向いて、マウスをカチカチとクリック。
 何かの画面をひらいて、ディスプレイをあたしの方へ向けてくれました。
「ちょうどヨドバシの在庫情報見たら、箱が2つ付いていたから」
 ヨドバシカメラのホームページ。
 そこからあたしの賞品ページがあって、さらにそこであたしの在庫状況が確認できるようになってました。
 箱が2つ……
 そのページの説明によると、箱マーク3つで「在庫あり」、2つで「在庫残少」、1つで「在庫わずか」。
「あたしが売られていたのは……」
「ここだよ。マルチメディア町田店」
 そこに箱の絵は存在しませんでした。つまり、売り切れ。「在庫なし」。
「な。無くなるのはやいだろ?」
 ということは……
 あたしは、お店でバイバイしたあたしを思い出す。
 よかった。最後のあたしも売れたんだ。
 今現在、箱の絵はどこの一ヶ所を除いてどの店舗にもついていない。唯一、新宿西口本店にぽつんと1つついているだけ……
 あたし、人気商品だぁ。(※6)
「て、わけだ。急いで買いに行ったのに、売り場で案内されたときはすでに残り2つ。ギリギリだったんだよ。だから、とりあえず確保。な? わかるだろ」
「……………………むぅ」
 取りあえず確保……かあ。
 わかるだろ、とか言われてもあたしは確保される側だから、確保する側の気持はよくわからない。
 う~ん。
 それだけ人気があるとなると……仕方ないのかなあ。
「念のため、もう1回だけ確認させてください」
「な……なに?」
「本当に、後で使ってくれるんですね?」
「ああ」
「買ったからもう満足とか、転売目的じゃないんですね?」
「う、うん」
「で。今は忙しいから……後回しなんですね」
「そういうことだ」
「む~~」
 何となく、低いうなり声が出る。
「はあ、分かりました」
 納得したくないけれど、仕方なく納得することにする。
「忙しいなら仕方ないですよね」
 ミクだって物わかりの悪い子ではありません。ここは引くことにしました。
「そうか。分かってくれたか」
 安堵するケーイチさん。
 悲しくなるので、そんなに嬉しそうな顔しないで欲しいです。
「家にあるものは好きにしていいから。冷蔵庫にはネギもある」
 ――ぴく。
「ネ、ネギなんかじゃ誤魔化されませんよ」
 反応しておいて何だけど、ここは強がっておく。ネギで懐柔できる安い子と思われるのもシャクだから。
「わかってるわかってる」
 何ですか、ケーイチさん。その見透かしたような目は?
 もう。

 さて、これからどうしよう。
 ケーイチさんが再び画面に向かって何かをしだしたので、あたしは手持ちぶさた。
 心は冷蔵庫にあるというネギに向かっているけれど、すぐに飛びついたら負けのような気がするのでぐっと我慢。
 う~~ん。
 もう1回お部屋を見回す。
 やっぱり、ちょっと汚いなあ。
 お掃除でもしてあげようかな?
 でも、ミクはボーカロイドであってメイドさんではないのです。掃除をするのは何か筋違いのような気もしたり。
 でも、あたしはホコリに弱いし、自分のためという考えも……
「………………………………」
 カタカタカタカタ。
 ケーイチさんがキーボードを叩く音。
 本当に、忙しそう。
 やっぱり、お掃除してあげようかな?
 買い主であるケーイチさんとあたしは、いわゆる切っても切れない仲。
 これから一緒に歌を作っていくんだから、ケーイチさんが大変なときはあたしが助けてあげるのが当然かも知れない。
 うん、そうだよね。
「よし」
 気合いを入れて立ち上がる。
 簡単にお部屋のお掃除して……できたら夕ご飯を作ってあげて……
 ネギがあるんだよね。ネギ丼とかネギカレーでいいかな(※8)。
 それで、ごはんの時に歌の話をしよう。
 どんな歌を作るか相談し合おう。
 さて、掃除機はどこにあるんだろう?
 部屋をぐるりと見回したあたしは……

 見てしまった。
 チラリと見えてしまった。ケーイチさんが向かっている画面を。
 人が何かをしてる所を覗くなんて、お行儀悪い。マナー違反。
 だから、見たらいけないと思ったけれど……見えちゃったものはしょうがない。
 その内容に驚いた。
「え?」
 行きすぎた視線を画面に戻す。
 マナーとかそういう問題じゃない。
 というか信じられない。
「ケ……ケーイチさん?」
 カタカタカタカタカタ。
 ケーイチさんが叩くキーボードの音。
 お仕事だとばかり思っていたその画面は……

『ニコニコ動画』

 でした。
 ほんと……
 信じられない!
 見間違いだったらいいな、と思いつつケーイチさんの背後にそおっと接近。
 抜き足、差し足、ミクの足。
 ケーイチさんが見ている動画はやっぱりニコニコ動画でした。
 しかも、見ているのは……

『アイドルマスター』

 ほんとほんと……
 信じられない! ×3。
 なんでアイドルマスターなの? あたしの動画じゃないの?
 これがあたしの動画なら、まだ許せた。むしろ心が温かくなったかもしれないのに! のに! のに!!
 カタカタカタカタカタ。
 そのうえ、さっきからケーイチさんが打っていたのは……

『弾幕』(※7)

 え?
 何?
 …………
 これが「忙しい」の正体?
 まってまって、殺すほど待って!
 買ってきたばかりのあたしを放置して。
 後回しにして、こっちを見向きもしないで。
 やってたのが、これ?
 あたし、買われたてだよ?
 人間で言うなら、新婚さん?
 結婚当日、奥さん放っておいて別の女の家に遊びに行くようなものじゃない? これ。 怒っていい?
 怒っていいよね、この状況。
 ああ、でもまって。堪えて、あたし。
 あたしはボーカロイド。ロボットとは少し違うけれど、人間に手を出したらダメ。それはダメ。
 アイザック・アシモフ博士も言ってます。ロボット3つのお約束。
「人間を攻撃しちゃダメ」
「人間のいうことを聞こう」
「自分も大事に」
 うぅ、こらえろ……こらえろあたしぃ。
 そんなあたしの堪忍袋の緒は、ケーイチさんの一言であっさり切れた。
 コメントを打ち終わった後の、満足そうな一言。

「ふぅ、やっぱ閣下に勝る人はいないよな~」

 ぷっつん切れた。
 何を嬉しそうに言ってるの~~っ!!
 ヨロヨロとよろめくように3歩下がり……
 助走距離確保。
「け…………」
 タタッと2歩走って、
「ケーイチさんの」
 ケーイチさんに向かってジャンプ。
「ぶわかぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」
 もう、頭が沸騰してた。
 ごめんなさい、アシモフ博士!!
 そしてクリプトンのお父さん、16才というメンタリティは不便です。我慢が聞きません!! ミクも最近の若い子なんです!

 っていうか、ふざけるなぁ――――――――――っ!!
 時間にしてわずか1秒にも満たない飛翔。
 そのまま、ドーンとあたしはケーイチさんに激突した。
「うわあっ!」
「ホントに、ばかばかばかばかばか――――――――――――――――――!」
「な、なんだなん……痛えっ!」
 ぶんぶん振り回した手がケーイチさんにクリーンヒット。
「うわぁ――――――――――――――――――――――――――――――――ん!!」
「ミクがっ、ミクが暴走した! さては初期不りょ……うがっ!」
 ひどい、初期不良なんて!
 悪いのはケーイチさんなのに! ケーイチさんなのに!!
 ぽかぽかぽかぽかぽかぽかぽか!
「いて、いてててて。何だ?」
 それからしばらく。
 あたしは、大泣きしながらケーイチさんを叩き続けたのでした。

 (たぶん、つづく)

※6:今は、そこそこ在庫があるようです。
  http://www.yodobashi.com/enjoy/more/i/73857680.html
ヨドバシの商品ページはこちら。「店舗で商品を~」のボタンで在庫が見れます。
※7:弾幕コメント。愚民系の弾幕って綺麗なの多いですね。
※8:どちらも実在のメニューです。

 カタカタカタカタ。  いきなりの放置プレイ。
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